

スヴェンボーという町の名前は、1229年に初めて言及されました。
1337年には町を先導している存在として“地方議会”と言及され、自治体の最初の形跡
を確認することが出来ます。市長を置くという伝統については、1385年まで歴史を遡り
ます。自治体の運営は、1550年頃に起きたプロテスタント改革の結果として拡大しま
した。これは“地方議会”が、教会や学校、困窮者救済などの経済的基盤を規制し
始めたからと言われています。
また、町の問題について定期的に話し合いをしていた、24名の市民からなる代表団
の存在は1572年に言及されました。選挙権に関しては1908年に、税金を支払う
25歳以上の男女が獲得しています。
スヴェンボーで働く人々は、1870年には彼ら自身を組織するようになりました。その後、
1872年には、一日の労働時間を12時間から11時間へ削減する要求を掲げ、50人
の船大工が初のストライキを行っています。
スヴェンボーの歴史を語る上で欠かせないことは、マリタイム/海洋関係の事柄と強い
結び付きがあることです。海上貿易に非常に有利な位置にあることから、町は発展を
遂げてきました。デンマークの海洋マップ上の灯台のように、スヴェンボーには様々
な造船場が造られ、船舶数に関しては、スヴェンボーは首都であるコペンハーゲンに
次ぐ数を誇っていたと言われています。
-文化から見る歴史 スヴェンボーでは、中世の貧しい時代から社会が豊かになっていく上で文化的な
レパートリーも増えていきました。
1702年には音楽家が結婚式等の行事で人々を楽しませることが認められ、1812年
には“The Dramature Society of Svendborg”と呼ばれる演劇関係の団体や劇場
が日の目を見ました。1908年には町の博物館、1913年には公の図書館が建てられています。
教育に関しては、すでに中世のスヴェンボーには、主に聖書研究に専念するラテン
学校がありました。貧しい家庭の子供たちは、1831年コミュニティースクールが設立
された時に学校に通う機会を与えられたと言われています。また、スヴェンボーは
デンマークで初めて子供に歯科医療を提供した町で、1896年にそのコミュニティー
スクールを通じて行われました。
-社会福祉から見る歴史 “助けを必要としている人々を助ける”というスヴェンボーの社会意識には長い伝統が
あります。1291年にはすでに、Sct. Jørgensgårdenと呼ばれる修道院でハンセン病
患者が介護が行われていたとの記述が残されています。
1754年には、スヴェンボーの船乗りによるコミュニティーが助けを必要としている船員の
家族を支援するための基金を設立。
1906年までの時点で、失業者や貧しい人、孤児など様々な弱い立場の人々を対象
とした9つの異なる慈善活動機関が活動をしていました。
1816年以降の国王となったクリスチャン8世は、当時の王子として、またフュン島を
治める統治者として、スヴェンボーの人々が自発的に貧しい人々に食事を与える姿を
見ていたことから、ここに暮らす人の心の優しさに気付いていたと言われています。
また1913年には、70名が入居できる公の高齢者ホームが町で始めて運営されるよう
になり、1970年、社会福祉部の活動は法により定義されるに至っています。
-町づくりから見る歴史 都市計画と技術管理に関しては、いくつもの世紀を超える歴史があります。
1267年にはすでに、魚の売り買いの商売のため、町に最初の広場が出来ました。
1794年には、町の管理者らが飲み水の流れる小川を作り、衣服の洗濯を禁止したと
言われています。20世紀に入り、町と郊外は大幅に開発されました。
今日では、スヴェンボーの自然豊かなエリアに、人が自然と調和しながら暮らし働ける
場所として環境を配慮した、社会的にも持続可能な新しい町づくりを始めています。
スヴェンボー市では、今後特にクリエイティブクラスと言われる人々を町に惹き付け、
彼らが快適に暮らし、創造力を働かせ、新しい価値を生み出していけるような町づくりを
サポートすることを目指しています。

